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当ブログにご訪問の皆様、こんばんは!!週始めの月曜日、皆様いかがお過ごしでしょうか。今日で、阪神淡路大震災から16年目なんですね。月日が経つのは早いなぁ・・・。あの阪神大震災が起こってから、16年目の今日、1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒。早いもんですね。あれからもう16年も経つんですね・・・。。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110117-00000011-maip-soci
当時、私は中2で千葉県の木更津市に在住。午前5時46分・・・まだ寝ていましたが、関東地方でも結構というか、相当揺れた事を鮮明に覚えています。当時は、関東で震度4くらいの地震か。と思ってましたが、突然両親に起こされた私。当時の私はまだまだ幼かったですが、こんな時間に何事か。と思ってTVを点けた途端に映し出された上空からの神戸市内が一面火の海が画面に映し出されたのには絶句。まだまだ幼かった私ですが、16年前阪神淡路大震災の惨状を伝える臨時ニュースだった・・・。。

TVで映し出された神戸市内が火の海になった大変な状態になったあの光景は絶対に忘れる事ができません。関東にいた私ですが、親戚や実家が姫路市なので、TVに映っていた光景はかなり衝撃的な出来事でしたね。私の実家は関西の姫路市にあるので父も母もてんわやんわで、実家や親戚に電話して無事か。と、確認の電話をしていた事を覚えています。当時は今の様に携帯も無く、連絡手段というものが限られていたので、詳しい状況も分からず。。

家の電話が頼りで、何度も不通になって、やっと確認の電話が繋がり、状況の把握とか実家や親戚の皆が無事。という確認がとれて、一家、皆ホッとしてました。阪神大震災は、その後の防災意識の向上に大きな影響を与えたとおもいます。その後に起こった大災害で被害が小さく食い止められた際には「阪神大震災の反省が生きた」と語られてきました。そして、現在。未だに関東の木更津に在住している私。

昨年、15年目という節目の年でしたが、節目の年が、昨日の事のように、月日が経つのは早いと感じますね。地震大国の日本の東海地方に大地震が起こると耳にしますが、大地震の影響であの高いスカイツリーが、倒れる事を考えるとヒヤリとします。被災でない私にとっては、もう16年か。と感じますが、被災した方々にはまだ16年だと思います。

備えあれば憂いなしというので、もしもの時に備えて、防災用品や避難経路等を、今一度確認しなければと思います。 物事に、ついつい忘れがちな私ですが、あの阪神大震災のことだけは忘れたくない出来事ですね。時が経つにつれて、風化されていますが、絶対に風化させてはいけない事柄だと思います。改めて、16年前の阪神淡路大震災で亡くなった6000人以上の方々にご冥福を心よりお祈り申し上げます。
記事全文です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110117-00000011-maip-soci
阪神大震災 新しい命、絶対守る 亡き親友3人に誓う
毎日新聞 1月17日(月)11時47分配信
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 当たり前だった日常が奪われた1995年1月17日。未曽有の「不条理」から16年の歳月が刻まれたこの日、阪神大震災の被災地は、残された者たちの鎮魂と追悼で満たされた。友を失い、授かった子に自らの再生と未来への希望を託す人……。氷点下0.2度(午前5時現在)を記録した寒さのなか、人々は先立った者たちとの「つながり」を確かめつつ、これからも生き、失われた「生」と向き合い続けることを誓った。
【阪神大震災】発生から16年 被災地の一日を写真で
 神戸市北区の家電修理業、北裕史さん(29)に長女萌奈美(もなみ)ちゃんが4日前、誕生した。阪神大震災では、家族より本音で話せた幼なじみ3人を失ったが、多くのことも学んだ。つらい時には「5時46分」で止まった目覚まし時計を見て、自らを奮い立たせてきた。17日朝、自宅で時計を取り出し、亡き友に誓った。「新しい命を絶対守っていくよ」と。
 同市須磨区の高台の自宅は震災で全壊した。ベッドから跳ね上げられ、本棚や机が倒れかかってきたが、大きなけがはなかった。外を見ると、友が住む長田区の空が真っ赤だった。家を出て、駆け付けた。炎の熱と焦げたにおい。「わしの家が、わしの家が」と男性が叫んでいた。少年野球や塾で知り合った親友3人が亡くなった。
 幼少時から父親の厳しいしつけを受けていた。中学生になると、反抗心から暴走族に入り、けんかや暴走に明け暮れた。家庭でも愛情を感じられない荒れた生活。親友3人は「痛みと喜びを共感できる心の支え」だった。
 長田の焼け跡では知らない者同士が、少ない水や食料を分け合い、「大丈夫?」と声を掛け合っていた。
 3週間後、全壊した自宅で時刻が止まった白い目覚まし時計を見つけた。「震災を絶対忘れない」。暴走族をやめた。
 高校卒業後、家電販売の仕事で全国を回った。荷物には、いつもこの時計を忍ばせていた。つらい時に手にし、「頑張ろう」と自らを励ました。4年前、神戸に戻った。毎年1月17日朝は、茶色く変色した時計を手に、追悼行事が行われる神戸市中央区の東遊園地で祈るようになった。
 昨年5月、介護士の真理さん(29)と結婚した。優しさに引かれた。妊娠が分かった時は、うれしい半面、戸惑いもあった。自分の少年時代を思い出し、子どもにどう接したらいいか自信がなかったからだ。
 萌奈美ちゃんが生まれたのは今月13日。ただただ可愛く、「一人じゃない」との思いがこみ上げてくる。今年は妻と娘が入院している産院近くの自宅で1・17の朝を過ごした。
 自分を支えた時計をいつか萌奈美ちゃんに手渡そう。その時に震災や友の話をしようと思っている。
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