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先日、群馬で起きた小6女児のいじめ問題について、内容が少しずつはっきり見えはじめました。根が深いですね。先日、いじめは些細なことから始まると書きましたが、事件の発端はただ「外見がフィリピン人の母親」なだけ。にも関わらずいじめが始まったみたいです。本当に些細な事だけなのに、いじめが始まったのは、あまりに理不尽だと思うのは私だけではないはずです。詳しい経緯はニュースに載っていますが、もうこれは立派な人種差別ですよ。

もちろん学校に責任はあります。でも、学校側だけを責めるのではなく、社会問題である差別意識がまだ社会に残っていたということ。家庭環境がよくないのも問題ではありますが、一番は他の生徒への対応が甘いことと、生徒による人種差別が起きていじめの発端になってしまったと感じます。教師も色々対応したみたいですが、ここに書かれているだけのことしかやっていなかったら、この子のご両親は怒って当然ですし、誰がみても、学校は何してるのかっ!って思いますよね。仮にこの子の母親が米国の母親なら展開は大きく変わったかもしれません。

・・・が、クラスメイトによる人種差別により、いじめが始まるということも考えられます。日本人の仲間意識の危険な一面を改めて認識する事件です。ただ、一つだけあえて言うなら、世の中は因果応報で出来ているから、悪いことをしたら、その分いじめたクラスメイトに絶対返ってくる。いつか、自分が相手にやったことについて、その時に初めて相手の痛みを知るんです。もっと早く大阪へ行ければ・・・、大阪の大都会へ出て人種の坩堝の中にいれば、辛い事が消えるから・・・。でも、卒業までのあと数ヶ月も我慢できないほど辛かったんですね。ご冥福をお祈り致します。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101105-00000005-mai-soci
<群馬・小6自殺>願いは「学校消す」 学級崩壊、孤立深め
毎日新聞 11月5日(金)2時32分配信
 群馬県桐生市の市立新里東小6年、上村明子さん(12)が自宅で首つり自殺をしてから間もなく2週間。「臭い、あっち行け」。一部の同級生からそんな言葉を投げつけられていた彼女は、6年の2学期になると給食も独りで食べるようになっていた。担任がほかの児童に決められた席で食べるよう指導しても状況は変わらなかったという。両親や学校関係者の説明を基に過程を振り返ると「学級崩壊」の中で孤立を深めていった彼女の姿が浮かぶ。【喜屋武真之介、塩田彩、鈴木敦子、角田直哉】
 明子さんの家族は派遣社員の父竜二さん(50)と母(41)、小4の妹(10)。家族によると、父親の仕事の都合で転居を重ね、08年10月に愛知県から新里東小に転校した。4校目の小学校だった。
記事全文は追記に綴ります。
以下、記事全文です。
<群馬・小6自殺>願いは「学校消す」 学級崩壊、孤立深め
毎日新聞 11月5日(金)2時32分配信
 群馬県桐生市の市立新里東小6年、上村明子さん(12)が自宅で首つり自殺をしてから間もなく2週間。「臭い、あっち行け」。一部の同級生からそんな言葉を投げつけられていた彼女は、6年の2学期になると給食も独りで食べるようになっていた。担任がほかの児童に決められた席で食べるよう指導しても状況は変わらなかったという。両親や学校関係者の説明を基に過程を振り返ると「学級崩壊」の中で孤立を深めていった彼女の姿が浮かぶ。【喜屋武真之介、塩田彩、鈴木敦子、角田直哉】
 明子さんの家族は派遣社員の父竜二さん(50)と母(41)、小4の妹(10)。家族によると、父親の仕事の都合で転居を重ね、08年10月に愛知県から新里東小に転校した。4校目の小学校だった。
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 09年4月 5年生に進級。父親によると、フィリピン出身の母が授業参観に訪れてから一部の同級生に容姿の悪口を言われるようになった。
 今年4月 6年生に進級。「臭い」「風呂に入っているのか」などと言われるようになり、両親に「どんなに遠い学校でも歩いて行く」と転校を訴えるようになった。両親は学校側にたびたび相談し、中学進学を機に引っ越すことも考えていた。
 9月18日 運動会。以後、明子さんのクラス(児童数39人)では授業中に児童がふざけたり、私語にふけるようになった。
 同28日 担任(40代の女性教諭)は席の間隔を広げれば私語などがやむと考え、縦8列の席を6列に減らした。しかし児童たちは給食時、給食の班(5人程度)ではなく、席を移動して友達同士で食べるようになり、明子さんは孤立した。
 10月14日 担任は校長らに相談の上、再び席替えを実施。給食の班替えも行った。
 同18日 再び明子さんが給食で孤立するようになった。
 母親によると、勇気を出してクラスメートに「一緒に食べよう」と頼んだことがあったが「また、今度ね」と断られたという。
 同19日 明子さんが学校を欠席。
 同20日 再び欠席。担任が「あすは社会科見学があるから、出てくれるかな」と電話をする。
 同21日 社会科見学に出席した明子さんは一部の同級生から「なんでこういう時だけ来るの」「普段はずる休み?」などと言われ、泣きながら帰宅。
 同22日 再び学校を欠席。学校側はこの日、給食の班を廃止。全員を黒板に向かって食べさせた。夜、担任が上村さん宅に報告に行ったが、共働きの両親は留守で、インターホンの呼び出しに返事はなかった。
 同23日 明子さんは午前9時ごろ起床、朝食を食べた。正午ごろ、母が部屋をのぞくと、母のために編んでいたマフラーをカーテンレールにかけ、首をつっていた。
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 明子さんの遺書は見つかっていない。しかし10月26日の告別式後、自殺直前に描かれたとみられる漫画が自宅で見つかった。タイトルは「やっぱり『友達』っていいな!」。同29日に見つかった愛知の元同級生にあてた手紙には「中学になったら大阪に行くんだ。だから愛知県を通るかもしれない。できたら会いに行くね!」とつづられていた。
 一方、自室に残されていた5年の林間学校時の集合写真には、同級生15人の顔にボールペンの先のようなもので「×」印がつけられていた。「もしもひとつだけ願いがかなうなら?」との質問が書かれた市販のプロフィル帳には「学校を消す」と書かれていた。
 明子さんの小学校は学区内に農村と新興住宅地が混在する。6年生は2クラスだけで、児童の一人は「上村さんをいじめるグループがあった。上村さんは『ちょっとどいて』『あっち行って』と言われ、悲しそうな顔をしていた。注意する人はいなかった」。別の児童はこうも言う。
 「いじめの中心になる子が何人かいて、ほかの子は何をされるか分からないから逆らえない。クラスはバラバラで学級崩壊みたいな感じだった」
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